コーヒー焙煎についてアンドロメダエチオピアコーヒーの場合

アンドロメダエチオピアコーヒーの焙煎について

 

今、アンドロメダエチオピアコーヒーの焙煎は二箇所で行なわれています。一つは広島の焙煎工場で、そこではいだきしんさんのサウンドを聞かせながら焙煎されています。そこは、焙煎専門の工場ということで、他のブランドの豆も焙煎しています。

もう一箇所が、宮城県山元町にある、「結工房」で焙煎されています。この焙煎はいだきしん氏自らが、コーヒー豆の状態を感じながら焙煎されます。いだきしん氏は一緒にいる人の体の状態をそのまま自分の体で感じる方で、その感じたままを即興でピアノ演奏されて生命に宿ったマイナス因子をプラスのエネルギーに変えていかれる即興演奏のコンサートを世界と日本各地でされて36年になりますが、2018年3月11日に結工房ができてからは、そこで焙煎もされています。

この結工房は、NPO高麗の代表高麗恵子さんが山元町のいちご農園の代表岩佐さんとともに作った工房で、コーヒーの焙煎工場と、お菓子の製造工場、カフェ、バウムクーへンやいちごの販売店の複合施設です。この建物は、NPO高麗が集めた寄付金で作られました。東北の復興支援のシンボルとして、若い方々が希望を持って働ける矛盾のない仕組みを作る第一歩です。カフェでは、高麗さんが手で染められた世界で一つしかない美しいマーブリングのカーテンや木の素材そのものが生き生きとしたテーブルやいすがあり、明るく美しく居心地の良い空間になっています。もちろんそこでコーヒーとグルテンフリーのケーキも召し上がっていただくことができます。火曜日が定休日で、営業時間は10:00から17:00までです。是非、一度足を運んでみてください。全く他には無いカフェです。

そこで焙煎されているのですが、エチオピアで10月に採取された豆を最短で日本に届けてもらい、結工房でももう一度、ピッキングして悪い豆を取り除きます。なんでも、少しでも悪い豆が入ると全体の味がぐんと落ちてしまうそうです。エチオピアでも手でより分けていますが、もう一度確かめることでより美味しいコーヒーになるということです。

リムは森で育つ野生種で育つ工程で人間の手が入っていないので「フォレスト」と呼ばれています。この豆は中煎りです。もともとコーヒー発祥の地で採れるコーヒーで、お味はワインでいうとフルボディ、スパイシーでパンチがあると言われます。私はどのコーヒーも香りの素晴らしさと、飲んだ後に残る後味が甘みがあり、口の中に長くコーヒーの美味しい余韻が残るのがリムもヤルガッチャフェも共通の特長かと思います。マルシェでコーヒー販売をしていた時にお客様が「このコーヒーはコーヒーの良いところがグッと詰まったようなコーヒーね」とおっしゃっていただき、とても嬉しかったです。ヤルガッチャフェはエチオピア最上質の豆で、NPO高麗のために選りすぐって最高の豆を送ってくださっているそうです。繊細な豆で、淹れ方やその時々で味が変化します。上手に入った日は、花の香りのような香りがします。苦味と酸味のバランスよく、リムに比べると少しライトな感じがします。マルシェで販売していると、酸味があるコーヒーが苦手な方が日本では多いのですがこの酸味は痛々しく嫌な感じがないです。飲んだ時にまあるい感じが口の中に広がります、やはり後味がすばらしいです。ヤルガッチャフェは浅煎りです。

コーヒーの入れ方ですが、私はハンドドリップで落とします。もちろんマシンを使っても何も問題はありません。このコーヒーに出会うまでは、薄いアメリカンという感じのコーヒーを飲んでいました。やはり、濃いコーヒーを飲むと気持ち悪くなったりしていたので、自然と薄めのコーヒーを好むようになっていました。しかし、アンドロメダエチオピアコーヒーに出会ってからは、濃いコーヒーの美味しさを知ってしまいました。濃くても全く気持ち悪くなることはなく、かえって満足感は大きいのです。一口一口が美味しくて、ゆっくり飲んでいると次第に冷めて冷たくなりますが、その温度の差で味が変わるのを楽しめて良いです。コーヒーの入れ方については、お手本でいくと、まずは美味しいお水を用意します。(水はとてもコーヒーの味を左右しますので、いろいろ試されるといいです。)それを沸かして、いったん細口のドリップポットといわれるものにお湯を移します。美味しい温度は85度から88度。コーヒーは毎回豆から、挽きたてを使うのがベストです。手でぐるぐる回すミルを使っても、電動でも、どちらでもお好みで。私は、ちなみに二枚の刃が電動で回るタイプを使っています。数千円で売っているものです。途中で挽きムラが出ないようにシェイカーを振るように混ぜ合わせたりしながら挽きます。細かく挽くのが好みです。ペーパーをセットし、豆を17グラム程度入れ、お湯は180ccぐらい使います。円錐形のドリッパーを使いますが、ペーパーは100均の底が平らなものなので、円錐に折ってからセットします。円錐のペーパーはあまりどこでも売っていないので、手に入りやすいもので代用しているわけです。金属メッシュのドリッパーも使ってみましたが、粉を捨てることと、洗う時に濡れたコーヒー豆がいろんなところに飛び散るので、私はペーパーごと捨てられるほうが楽なので、ペーパーに戻りました。とんとんとゆすって表面を平らにします。器具は温めて置くほうが良いと書いてあります。そしてまずは全体が湿るようにたらりとお湯を注ぎます。そえから30秒は待ちます。蒸らす時間です。その後はゆっくりと落ちるスピードを感じながら、お湯を注ぎます。私は、器具を温めることもしないし、細口のドリップポットも使いません。ティファールのような、自動で止まる湯沸しポットから直接、たらりとコーヒーを湿らせます。

蒸らしの時間だけは待ちます。、これを飛ばすと、なんだかコクのない味気ないコーヒーになってしまいます。蒸らした後に、円を描くように、私はかなりゆっくりとお湯を注ぐのが好きです。コーヒーとは本当に不思議な飲み物だと思います。人によって、かなり味が変わります。全く美味しいコーヒーを淹れることなんてできるのだろうか?と思うぐらいです。自分で淹れても、毎回のように味が変わります。焙煎が強い、要はこげている感じのコーヒーはあまり差がでないような気がします。浅煎りであるだけ、差が開き、上手に入るとフルーティーで華やかな花の香りのようなアロマが生まれますが、何かうまくいかないと、全く味気ない酸味ばかりが目立つような味になることがあります。あまり、「美味しくなれ、美味しくなれ」と念を入れないほうが良いようです。ぼんやり、無心でお湯を注ぐほうが美味しいように感じるのは確かです。きっと料理でもそうですが、あまりに思いが強いと、味に広がりが無いような気がします。

コーヒーはこの、淹れるときのアロマがとても大切で、心臓病にも良いらしいです。ネットでアンドロメダエチオピアコーヒーのページを調べると、「ハンドドリップで淹れる場合でも、その都度豆は、こまめに挽きましょう。コーヒー豆は脂肪分の含有率が11%強と非常に酸化しやすいデリケートな食品です。いったん挽いてしまうと表面積も大きくなり、酸化の速度も速まります。また、挽いたときの香をフレグランスといいますが、挽いて時間がたてばたつほど香りが逃げてしまいます。

挽きたてのフレグランスたっぷりの香り高いコーヒーは、抽出した液体に含まれているといわれている1200種類を超えるアロマに多大な影響を与えます。(アロマは揮発性芳香成分といわれ、飲んだときに鼻に香る重要な香りのこと)」と書いてありました。1200種類を超えるアロマ!すごい数ですね。それだけ複雑でデリケートな飲み物ということですね。

 

 

 

 

 

スイーツとの相性もあります。私の好みでは、軽めのヤルガッチャフェとは季節のフルーツのタルトやショートケーキがいいです。リムはゴルゴンゾーラのチーズケーキと。キリマンジャロ・ゴマタスジコーヒーは一番深煎りでパンチが効いているのでチョコレートケーキと合います。この、キリマンジャロのゴマタスジという産地のコーヒー豆も日本ではなかな手に入りにくく、とても貴重で高級な豆です。このコーヒー豆の輸入も、タンザニアの大使の生まれ育った村ですので、特別にNPO高麗のために輸入できているということです。村のひとたちがお金を出し合って、タンザニア大使を大学に行かせてくれたそうです。なので、大使としては村に恩返しをしたいということで、NPO高麗お通じてコーヒー豆を日本で販売し利益をもたらし村に貢献することになっているそうです。キリマンジャロコーヒーはあまりにも有名ですが、とても広い範囲ですので、場所が違えば全く味が変わります。このゴマタスジは、本当に豆が美しく挽いていると甘い香りがします。とにかく力強くて、特徴がはっきりしたお味です。コーヒー好きの方にはたまらない豆ではないかと思います。このコーヒーが100g1080円は本当にお買い得ですね。

 

少し話は変わりますが、このコーヒーのパッケージについてお伝えします。

まず、ピンク色のパッケージがヤルガッチャフェです。この写真の女性はエチオピアでコンサートの時にステージで踊っておられた女性です。エチオピアのコンサートでは現地の方々が歌や踊りを披露され、エチオピアの文化を世界に発信されました。ヤルガッチャフェのフルーティで華やかな香りはまさにこの女性のイメージにぴったりです。リムのパッケージはエチオピアコンサートの舞台上にくまれたピラミッド型のオブジェの一部です。そして、ヤルガッチャフェ、リム、キリマンジャロの三種類のブレンドが金色のパッケージです。この写真は、高麗恵子さんが飢餓の支援を望み、現地のゴデに行かれた時子供たちが回りに自然に集まってきました。その瞳の美しさに人間の美しさを感じ、高麗さんは日本でこのような美しい瞳を見たことはなく、人間として何が幸せなのか?と感じられたそうです。どちらが助けられているのかは、わからないと。エチオピア支援で「支援」という言葉を使うこともとても違和感を覚えるとおっしゃっています。他に言葉がないので使っておられますが。表面的には支援しているほうかも知れませんが、本当は私たちが助けられているのかも知れません。